2011年2月3日木曜日

俺は革労協じゃないよ

 今日は雑文。
 インターネットメディアというのは何年も前の情報が残るのが特長のようだが、本当にどうでもいいデマも残ってしまうので困る。矢部史郎=革労協というデマもそうだ。
 これは瀬戸ひろゆき周辺の市民右翼が言い出したようで、いまもそういうページが残っているのだが、まったくのデタラメである。信じちゃだめですよ。
 
 革労協というのは正しくは「革命的労働者協会」といって、歴史のある党派(厳密には党ではなく派)だ。60年代から70年代に活躍した「反戦青年委員会」運動などで有名。ほかに学生団体として社会主義青年同盟解放派というのがあるが、革労協はこの社青同解放派の労働者部隊だ。いろいろと諸事情があって、現在は三つにわかれている(連帯社、現代社、赤砦社)。また、元解放派・元革労協という活動家もたくさんいて、団体に加盟しているいないに関わらず、労働運動や市民運動や人権運動に携わっている人が多い。
 私に革労協の知り合いがいるのかといえばそりゃいるのだが、たとえば人権運動なんかは超党派で取り組んだりするのだから、とくに革労協とだけべったり連携しているわけではない。ていうか、私が革労協のメンバーやシンパだったら、警視庁が放っておかないよ。こんなにきまぐれに不規則行動できないよ。それぐらいすごい団体なんだから。

 で、問題はなぜ私が革労協だと誤認されたのかだ。
 おそらく市民右翼のバカどもは、90年代に起きたある事件を記憶しているのだろう。ある事件というのは、「新しい歴史教科書をつくる会」の事務所が時限発火装置かなにかで放火された事件だ。これは私が知る限り唯一の直接攻撃だったのだが(そして「つくる会」分裂をひきおこした主要な原因だと私は思っているが)、この攻撃をやったのが革労協のどちらか(現代社か赤砦社か)だった。どちらだったかはよく覚えていない。もしかしたらまだ分裂する前だったかもしれない。この時期の革労協には苦い思いしかないので記憶が曖昧だが、とにかく革労協のどこかの部隊が「つくる会」を燃やしたのだ。
 そして一昨年の四月、埼玉県蕨市で、私は奴らと衝突する。奴らの横断幕(不法外国人を追放しろだのなんだのという汚い幕)を私が奪って、「凶悪な反日極左キター」となったのである。おそらく奴らの小さい頭では、「凶悪な反日極左=革労協」で、「矢部史郎=革労協」なのだ。繰り返し言うが、わざわざ言うのもいやだが、もちろんそんな事実はない。
 矢部史郎=革労協というデマは、私としてはちょっと光栄に思うところもあるが、当該団体やOBの人に迷惑がかかるから、やめなさい。もうすこし理論的な次元で、たとえば「矢部はローザルクセンブルグばかり引用する」、「ローザ重視ってことは解放派だろう」みたいな絡み方だったら、もうちょっとマニアックにかまってやってもよい。

補足
 埼玉県蕨市の事件というのは、市民右翼のバカどもが、蕨市在住のある中学生について「フィリピンに強制送還しろ」というデモをやった件。中学生の両親は入管法違反でフィリピンに送還されてしまったのだが、本人は在留措置が決定していた。文句があるなら霞ヶ関にでも行ってデモればいいのに、バカどもはわざわざ中学生の通う中学校周辺をデモコースに設定した。あーおぞましい。おまえら戦前のファシストかよ、と。そういうことで、多くの左派が蕨市に集まってデモに抗議。私はバカどもの横断幕を奪って破ったということで、「窃盗」容疑で逮捕、3週間ほど留置されたのち「器物損壊罪」で略式起訴(罰金)となった。あー思い出したら腹が立ってきた。