2012年12月31日月曜日

むかし赤痢、いまノロウィルス

 いま、胃腸風邪や食中毒、ノロウィルス感染が流行っている。
  1945年、原爆投下直後の広島では赤痢が流行している。正確には「赤痢が流行した」とされている。 当時の「赤痢患者」のうち、どれだけが本当の赤痢患者で、どれだけが被爆症状だったのか、いまとなってはわからない。
  これと同じことが、現在の「ノロウィルス」についても言えるだろう。
  新聞が「食中毒」を報じると、同じような症状をもつ患者は自分も食中毒またはノロウィルスだと考える。多くは自己判断で。
  しかし、さいたま市の「ノロウィルス」感染の例を見ると、死亡した男性からノロウィルスは見つかっていない。彼はノロウィルスではない、なにか別の原因で死亡したのだ。

  こういうことがあるので、いま腹を下している人はくれぐれも自己判断で済ませないように。 
 放射能に汚染された現在の日本では、被曝症状は現実である。都市伝説ではない。

2012年12月28日金曜日

被曝社研のブログ


東京の田中くんが被曝社会研究会のブログを作ってくれました。

http://blog.livedoor.jp/hibakushakaiken/

まだできたばかりですが、前回のメモなどがあります。
ご一読ください。

「天罰」とは、このことか




自民党・安倍総裁は、開票日の夜から微妙な面持ちだった。安倍が、「我々(自民党)が勝利したのではない」と繰り返し言うとき、それは建前で言っているというよりも、事態の展開に当惑しているように見えた。実際、自民党の得票数は前回と比べて増えていない。ただ小選挙区制度が自・公に政権を押し付けたという構図だ。

安倍政権最初の記者会見の最中に、官房副長官が倒れた。
倒れたのは杉田という男で、警備公安警察の外事課出身、71才だ。飲まず食わずで作業していたので低血糖になった、長時間立っていたので体調を崩した、と釈明しているが、会見が終わるのも待てないとは。これは被曝症状だ。まさに「天罰」。

いや、喜んではいない。公安出身の老人が「ぐえええ」とうめき声をあげたときはちょっと嬉しかったが、こういう動画は仲間と酒を飲みながらわいわい鑑賞するべきものだ。安全な環境に身を置いて、高みの見物をしたかった。


会見動画(1分50秒あたりから)



自民党がこれから直面する現実


2012年12月18日火曜日

第一回被曝総選挙




 12月16日投開票の衆議院選挙は、投票率が60%未満だった。前回の衆院選よりも10%低いのだそうだ。

 ところでツイッターのまとめでは、東京各地の投票所で長い行列ができたことが話題になっている。投票所に人が並ぶというのはない話ではないが、寄せられている写真を見ると、けっこう長い。投票所の敷地を出て道路まで行列が伸びているものもある。私が東京にいたころの経験では、ここまで長い行列は見たことがない。ちょっと不思議だ。今回の選挙は前回よりも投票率が低い。にもかかわらず、前回にないほど長い行列が出来てしまっているのである。
行列が長く、長時間またされるから低投票率になったのかもしれない。が、その問題についてはここでは措く。それよりも、なぜ投票所に行列ができてしまったのかを考える方が興味深い。
理由として考えられるのは、

(1)選挙管理委員会の体制づくりの失敗
(2)選管職員の作業能力の低下
(3)有権者の読み書き能力の低下

 まあ、(3)だろうと思う。
 被曝による視力低下で、しょっちゅう目がかすむ。脳も老化して物忘れがはげしい。読み書き能力が低下している。おそらく本人が意図しない無効票が増加しているだろう。
そうした有権者の被曝症状を考慮しなかったという意味で、(1)の「体制づくりの失敗」ということだ。

 かつて東京は若々しく、きびきびとした街だった。投票所でもったりと行列を作るなどという地方的な風景は見られなかった。都市機能は高度に組織されていて、それを担うひとりひとりの分子は、洗練された動きで都市の速度を支えていた。しかし3・12の被曝以降、住民はわずかづつ機能を低下させ、速度を失う。その落差が、行列という現象になったのだろう。

2012年12月17日月曜日

被曝社研、次回は3月

 土・日の二日間、名古屋で被曝社会研究会をやった。
東京、福岡、京都、愛知から参加した6名で、情報共有と予備的な討議を行った。

 これから東京の田中くんが「被曝社会研究会」のブログを用意する予定なので、討議内容の詳細はそちらを参照してもらうとして、ひとつの肝になるのは、被曝社会下における労働の批判である。
 福島第一原子力発電所では現在も「収束作業」が行われているが、この「労働」の神話を暴露していくこと、無駄な「収束労働」を徹底的に批判していくことが、ひとつの突破口になるだろう。「収束」、「除染」、「復興」という、ただただ人間を消費するだけで何の価値も成果も産まない「労働」を、労働階級・労働運動の側から批判すること、「もう誰も被曝させるな」と言うことが必要だ。
 放射線という破壊的な現実を前に、まだ人間の力を信じようとしたり、無駄死にを英雄視したり、英雄的自殺行為を他人に強要したりということが、行われる。事態の全体をほとんど把握していない無能な指揮者の管理下で、人間が放射線に曝される。この自殺的労働モデルは、汚染地域における労働の一般的モデルになるだろう。あるいは、すでに借金漬けになっている大学生の人体が、単位とひきかえに、被曝ボランティアをやったら単位として認定しますというやりかたで、切り売りされることが想定される。

 と、ここであんまり展開してもあれだから、やっぱり公式ブログができるのを待とう。


 次回の被曝社会研究会は、3月16・17日、名古屋市内でやります。
 今回の討議でいい感触をつかんだので、次回は少し規模を大きくします。部屋を二倍にして予約しました。
 これから、社会科学・人文科学のそれ系のみなさんに、私がいきなり招聘の電話をしますから、よろしくお願いします。

2012年12月10日月曜日

被曝社会研究会




今週末、名古屋で合宿をする。
『被曝社会年報』誌に寄稿してくれた森元斎くんや田中伸一郎くん、拙著『原子力都市』を準備した福田くんらと、「被曝社会研究会」の第一回を行う。
今回はまだ海の物とも山の物ともつかないので、ごく少数での予備的討論になると思う。

昨年と今年は放射線防護活動に注力してきたが、来年はフェイズが変わる。
被曝した人間が大量に死ぬ。復興政策は破綻しつつ居直り強盗のように制度化される。被曝の受忍・否認・無関心が、風土病のように社会をおそう。
原子力をめぐる政治闘争は、よりラディカルな社会闘争によって交代を迫られる。その闘争の言葉を用意するのは、国民ではないし、左翼国民運動でもない。国民の歴史と決別した者たちが、階級・敵対性・解放のための言葉を書かなくてはならない。泣き言ばかり言う国民や、ただ良識ぶりたいだけの「左翼」、賢いふりをしたいだけの「知識人」らと、はっきりと決別する者のための研究会にしたい。

2012年12月5日水曜日

+20歳の老化



 芸能人の病気・病死が相次いでいる。

吉本興業の宮迫博之42歳で胃がんを発症。
歌舞伎の中村勘三郎は、食道がんの手術をしたあと、呼吸器の不全で死亡。57歳。

 一般的に、芸能人というのは引退年齢が遅く、いつまでも若々しく、ほかの職種に比べて長く生きるものだ。しかし最近のニュースを見ると、発症・死亡の年齢があまりにも若い。「芸能人は長生き」という、かつての常識は覆されていくのだろう。

 内部・外部被曝で浴びている放射線は、別名「老化光線」だ。光線ではないが。語呂がいいのでそう呼ばれる。
 放射線被曝によって、一般的な老化が進行・加速していると考えれば、いろいろとつじつまがあう。過去2年弱の被曝で、たとえば20年分の加齢をしていると仮定すれば、62歳(4220)で胃がんを発見するのはありうることだし、77歳(5720)で呼吸不全で死亡というのもありそうな話だ。

われわれ被曝者は、自分の年齢に20歳を加算して、体調を管理しなくてはならない。今後も被曝を累積していけば、+20歳ではなく30歳、さらには40歳と、余命を使い尽くしてしまうことになる。
 比喩ではなく、ドッグイヤー(犬の寿命)が現実化している。