2017年9月5日火曜日

朝鮮人虐殺事件の教訓


集会報告集の編集作業がひと段落したので、ちょっと書きます。



 1923年の関東大震災の直後、内務省の指令によって、関東に暮らす6000人の朝鮮人が虐殺されました。このときの「朝鮮人狩り」は、陸軍を中心に新聞社や民間人を動員した大規模なものになりました。被害は朝鮮人だけでなく、社会主義者や労働組合活動家、日本人の行商人も殺されました。内務省が主導したこの作戦は、大正デモクラシーから昭和ファシズムへの転換点となり、その後の軍国主義体制を決定づけた、重大な国家犯罪です。

 この事件を振り返るとき、人は「デマに惑わされてはいけない」と言うのです。なにか教訓めいた言い方で、「デマに惑わされてはいけない」と。
 これは間違いです。こんな教訓めいた言葉を繰り返しても、それは歴史から学んだことにはならない。


 まず実践的な角度から考えてみましょう。
 政府(当時は内務省)がデマを流布させるとき、それは真実として流布させます。信頼できる機関による信頼できる情報として流布させるのです。その情報が嘘であったとわかるのは、ずっと後になってからのことです。人間狩りに加わった民間人は、デマに踊らされようとしたのではなく、真実に従おうとしたのです。したがって、「デマに惑わされてはいけない」という教訓はまったく意味がないし、かえってデマゴギーにたいする人々の耐性を弱めてしまうことになります。
 この事件から引き出すべき教訓は、「信頼できる機関の情報を鵜呑みにするな」です。デマゴギーは、「信頼できる機関の情報」として流布されるからです。情報が錯綜し、前後不覚になったとき、私たちは「信頼できる機関の情報」を信じてはいけないのです。
 「信頼できる機関」とは、1923年当時であれば内務省、現在では文部科学省です。文部科学省が、年間20ミリシーベルトの被曝線量であれば帰還できるだとか、1キロあたり100ベクレル未満の汚染なら食べても大丈夫だとか、真実らしいことを言い出したら、ぜったいに信じてはいけない。その情報が嘘であることがわかるのは、ずっと後になってからです。


 次に、この事件を振り返って、事後的にどう総括するかについて考えてみましょう。
 デマゴギーは、自然発生的なものではありません。震災は自然災害ですが、デマゴギーは自然発生ではありません。それは、ある機関が意図をもって組織的に取り組んだ計略なのです。だから、歴史を振り返る私たちは、「デマに惑わされてはいけない」というだけでは不充分です。災害の混乱に乗じてデマを流布させた機関と、それを可能にした政体に言及するべきです。陸軍が途方もない権力を掌握していったという意味で、朝鮮人虐殺事件は、226事件以上に重大な事件です。朝鮮人虐殺事件は、陸軍が犯した国家犯罪として書き残さなければならないのです。

 問題が深刻であるのは、この作戦が大量の民間人をまきこみ、軍民の共犯関係を築いたことです。現代風に言えば、「市民参加型行政」の形式で、人間狩りが行われたのです。
だまされて利用された民間人は、自分をだました人間を追及することができません。自分も手を汚しているわけですから。彼は、自分はだまされたのだと言うことはできても、誰にだまされたのかを言うことができない。この共犯関係が生み出すバイアスによって、彼らは「デマに惑わされてはいけない」という、まったく不充分な「教訓」に留まり続けるのです。日本の新聞社がこの念仏を繰り返しているのは、自らが虐殺に加担した事実を批判的に総括することができないからなのです。
 陸軍と共に人間狩りに加わった人間たちは、それ以降、軍のいいなりです。そうして事件が明るみになったあとも、その責任をなにか自然にみたてた「デマ」のせいにしてしまう。問題を正面から直視することができない。
 私がかねてから「市民参加型行政」という手法に反対してきたのは、こういうことがあるからです。行政と民間の協働は、主客を混同させ、事業に対する正当な評価をできなくさせるのです。

 現代で言えば、福島「復興」政策です。
この官民協働の大事業は、おびただしい流血をもたらした後、おそらく誰も責任をとろうとはしないのです。